不登校だった私が先生になった理由を改めて考えてみた。
こんばんは。
不登校経験者で元教員のさちこです。
今回は長ったらしいタイトルの通り、不登校だった私がなぜ小学校の先生になったかを、改めて考えてみたいと思います。
①不登校の子の役に立つことがしたかった。
1番はこれだと思います。
今私を動かしているのも、この気持ちに他なりません。
自分自身が小学校5年生と6年生で不登校を経験し、中学校の頃に運命的な出会いを果たしたことも関係しています。
何かというと、中学校1年生の担任の先生が不登校経験者だったのです。(°_°)
初めの家庭訪問で、先生からその事実を聞き、信じられないという気持ちと一緒に、不登校は恥じることじゃないんだ、と思ったことをよく覚えています。
それまで、学校の先生には苦手意識が強かった私でしたが、その出会いのおかげで少し先生に対する見る目が変わったんですね。
不登校経験を話してもらえただけで、自分の気持ちが楽になったという経験は、私もそういう風に人の苦しみを和らげることができたら、という気持ちに変わって行ったのでした。
②なぜ自分が不登校になったのか知りたかった。
これは、先生になってから思うようになったことです。
不登校経験を受け入れられるようになってからも、ある疑問が私の中に残り続けていました。
それは、「なぜ私は学校に行けなくなったんだろう?」ということです。
結果的に、不登校になるときはなるもんだし、合わない場所は合わないんだ。という結論に至るんですが、先生しながら、やっぱりいろいろ考えました。
1つあげるなら…
多分、担任の先生の指導が私に合わなかったんだと思います。(笑)
5、6年生の時は先生が同じでしたし、割と根性論を貫く熱く厳しい先生でした。
今でも根拠のない根性論は私は苦手だし、大嫌いですので、その時の私も知らず知らずのうちにストレス溜めてたんでしょうね。
運が良かったのは、トラウマなったり、フラッシュバックを起こしたりすることがなく、中学校からは普通に通うことができたことです。
ただ、どうも、当時の私は致命的に辛かった出来事は記憶の彼方に抑圧していたらしく、あとで母から聞いて
「えぇ!?そんなことあったの?!」
と思ったことがありました。
一種の解離状態というんでしょうか。
人間、忘れたい出来事は本当に忘れるようになっているようです。(笑)
少し話が逸れましたが、この2つが大きな理由です。
表向きは(笑)
もう一つ理由があって、これは私がアラサーまでモラトリアムを引きずる原因になったもの。
実は親の猛反対で、進みたい道に進めなかったことが関係していますが…。
これも別記事で詳しく書こうと思います。
今となっては解決していることなので、結果オーライでどうでもいいことなんですけどね。
最後に言えるのは、結局8年で止めることなってしまった教員の道ですが、私はこの道を選んで良かったと思っています。
それは、不登校の子を受け持つ先生の気持ちが少し分かったことと、私自身の先生嫌いが治ったこと(笑)
そして8年で得た経験は、絶対今後活かせると言い切れるから。
不登校でも大丈夫!
だって私は今最高に幸せです。
不登校だったことも含めて、私の人生にいらなかった出来事はありません。
みんなが、そう感じることができる日が来ますように(*^^*)